2011年04月30日

賭け続ける男(破)第34話

ラウンジ =ドリーム= のママが誕生日を迎えるらしくテツのところへ
はこやんから連絡があったよう。


はこやん‥悪いなテツ。呼び出して。
ま-この前予想を外したお詫びと思って付き合えや!

テツ‥いやいや、それを言うか。傷口に塩をすりこむとはこのことやろ。
まぁええわ。俺も久々やしママの顔でも見に行こかな。
でもプレゼント買う時間もないし店も閉まってるで。

はこやん‥心配せんでも店に山ほどシャンパンを用意してるらしいから
2〜3本空けたらそれでええがな。

テツ‥て、簡単に言うけどどう考えてもプレゼントの方が安つくけど。

はこやん‥アホか!何のために日曜日に天皇賞があるんや。シャンパン代は
仮払いみたいなもんやで。きっちりJRAさんに清算してもらおうや。

テツ‥相変わらず前向きな奴やな。ほな行こか。


ママ‥あらいらっしゃい!
今日は2人揃って私の誕生日のお祝いに来てくれたの?

はこやん‥あー店の女の子に聞いたら10日間位が誕生日ウィークらしくて
その期間は毎日が誕生日らしいな。

ママ‥あら、まぁそんなこと言ってたの。今日よ今日よ、誕生日は。
男なのだから細かいことは気にしないでさっさ祝ってちょうだいよ。
はい、まずシャンパン一本目開けてね!

テツ‥一本目て…あー飲み屋版天皇賞(長期戦)になりそうやな。

ママ‥じゃーはこやん。テツさん 「カンパ−イ!!」

はこやんテツ‥誕生日おめでとう! で、いくつになったん?

ママ‥あっそこ聞く? 29歳だけど何か?

はこやん‥あれっ去年30歳になったて言うてなかったっけ?

ママ‥えっ?知らないの?女の歳のとり方を。
大体30か35か40かで折り返し地点を迎えてそれからは減って行くのよ。ハハハ…

はこやんテツ‥???

客A‥ママ、おめでとう! これどうぞ。

ママ‥アリガトー!嬉しいわ。 えーっ、このバッグ手作りなの?

客A‥まーかばん屋やってるからな。2代目やけど。気に入ってくれたらいいけど。

ママ‥めっちゃ気にいったわ。今日はかけたまま仕事するね。

テツ‥ちょ。痛い感じ(小声)

ママ‥テツ!何か言った。

テツ‥呼び捨てかよ。そんなにたくさんバッグって必要なん?いくつ位もってるの?

ママ‥20〜30個は持ってるけど、服装やその色に合わせて変えるのがいいのよ。

テツ‥じゃあ、いちいち財布やらなにやら入れ替えるの?

ママ‥えらい食い付くのね。お財布も結構持ってるわよ。
女のそういうところは理屈じゃないのよ。

テツ‥そしたら男も服装に合わせて変えるの?(超小声)

ママ‥えっ?シャンパンもう一本開けろって? ありがとう! 

はこやん‥テツ、墓穴掘ったな。この空気を変えるためにちょっとボックス席に行って
馬券のミニ検討会でもしようや。 ママ、そういうことで…

で、はこやんとテツのミニ検討会が始まった。

はこやん‥最近お前の予想が今一なんやけど何かあるんか?

テツ‥あー思うことがあってスポーツ紙やら専門紙やら印のついてるやつを全く見んと
予想をしてるんや。
でも外れるということは極端な手法も良くないということかもな。

はこやん‥天皇賞はどうや?

テツ‥そうやな、久々にスポーツ紙を買って眺めてみたわ。
やっぱりトゥザグローリーを外した馬券は無理筋かもな。
ワイドでペルーサやエイシンフラッシュのどちらかへの1点買いが妥当かな。

はこやん‥土曜日に天皇賞の資金稼ぎが出来るレースはないんか?

テツ‥それやったら京都第9レースの1番エーシンミズーリと11番カピオラニパレスの
ワイド1点がええんちゃうか。 両馬の単勝2点張りでもええけど。
怖いのは上がり馬で前に行ける8番のピースフルアースかな。

はこやん‥青葉賞は? トーセンレーヴが人気みたいやけど。

テツ‥なかなか予想が困難なレースやな。人気のトーセンレーヴとショウナンマイティは
どっちも2400m未経験やしな。
俺は東京2400mを経験してる13番ギュスターヴクライがええと思うけど。
馬券買うなら13番の複勝1点かな。7番のカーマインも前走2400mを走ってるんで
警戒は必要やろ。

はこやん‥わかった。参考にさせてもらうわ。俺は天皇賞のマイネルキッツが気になるな。

ママ‥おふたりさん。話は終わったの?そろそろ3本目いくわよ(満面の笑み)。

はこやんテツ‥もう何本でも倒れるまで飲むわ(諦)!!!


さて、天皇賞の前祝いもしたようなので博打打ちとしての本領が発揮出来るか見ものである。



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2011年04月27日

栄養の話(その1)

1人で栄養管理を始めてから約1年半。
何となく毎日の献立を考えてきたが
筋トレを続けていることもあり栄養のことを少し真剣に考えてみた。

さて、成人男子の1日に必要な栄養摂取量だが調べた限りでは下記の通り。

エネルギー ⇒ 2000kcal
たん白質  ⇒ 60g
脂質    ⇒ 50g
炭水化物  ⇒ 300g(糖質+食物繊維)
カルシウム ⇒ 600〜700mg
カリウム  ⇒ 2000mg
食物繊維(炭水化物中の割合として)  ⇒ 20〜25g
ビタミンB1 ⇒ 1.1mg
ビタミンB2 ⇒ 1.2mg
食塩相当量 ⇒ 10g以下 (ナトリウムを食塩に直す場合、ナトリウム[mg]×2.54÷1000)

大きな要素のみ示したが他にも摂取が必要な栄養素は多くある。
ここからは各食品ごとの分析を書き出すが、調査を進める中で今後訂正が発生する場合あり。
早速食パン1枚あたりの食塩相当量について追記あり。
更に追記 炭水化物から食物繊維を抜いた分が糖質なので食物繊維を単独で書き出す場合は炭水化物中の内どの程度が必要かの目安とする


まずご飯の栄養量(炊いた後の可食部100gあたり *茶碗に軽く一杯程度。精白米換算約45g)

エネルギー ⇒ 148kcal
たん白質  ⇒ 2.6g
脂質    ⇒ 0.5g
炭水化物(ほぼ糖質)⇒ 31.7g
カルシウム ⇒ 2mg
カリウム  ⇒ 27mg
食物繊維(炭水化物の内)  ⇒ 0.3g
ビタミンB1 ⇒ 0.03mg
ビタミンB2 ⇒ 0.01mg


次に食パンの栄養量(6枚切り1枚あたり *約60g)

エネルギー ⇒ 177kcal
たん白質  ⇒ 5.0g
脂質    ⇒ 2.9g
炭水化物  ⇒ 32.8g
カルシウム ⇒ 17mg
カリウム  ⇒ 97mg
食物繊維(炭水化物の内)  ⇒ 1.3g
ビタミンB1 ⇒ 0.04mg
ビタミンB2 ⇒ 0.025mg
追記 → 1枚あたりの食塩含有量 ⇒ 0.7g(ナトリウム換算280mg)


たまごの栄養量(殻を除く可食部100gあたり*全卵約2個分)

エネルギー ⇒ 162kcal
たん白質  ⇒ 12.3g
脂質    ⇒ 11.2g
糖質(炭水化物の成分)⇒ 0.9g
カルシウム ⇒ 55mg
カリウム  ⇒ 120mg
ビタミンB1 ⇒ 0.08mg
ビタミンB2 ⇒ 0.48mg


牛乳の栄養量(普通牛乳100gあたり*約100cc)

エネルギー ⇒ 67kcal
たん白質  ⇒ 3.3g
脂質    ⇒ 3.8g
炭水化物  ⇒ 4.8g
カルシウム ⇒ 110mg
カリウム  ⇒ 150mg
ビタミンB1 ⇒ 0.04mg
ビタミンB2 ⇒ 0.15mg


かなり疲れてきた。   ハァ〜〜


最後にしょうゆ(濃口)の食塩相当量を書き出して、肉や野菜や果物などは次回ということで…


で、しょうゆの食塩相当量は

100gあたり約14.5g 100gは約100ccなので1日にしょうゆだけで
70cc摂取してしまえば1日の摂取量になるのでやはり塩分の取り過ぎには注意。
塩分はしょうゆだけでなく加工食品には特に多く含まれるので気を付けないと…


ではでは、皆さんも健康に気を付けて日々過ごしましょう!





 


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2011年04月25日

才能と努力。

昨日最終日を迎えた女子プロゴルフのフジサンケイレディスクラシックは
”キンクミ”こと金田久美子(21)プロがプロ入り後 初優勝を飾った。
8歳で世界ジュニア選手権を制し(タイガーウッズと最年少記録タイ)
天才少女と言われた彼女だが、その後はスキャンダルなどに巻き込まれたりして
決して順調な歩みとはならなかった。
しかし、有能なコーチの指導もあり徐々に復活の兆しが見えかけた今シーズンに
やっと結果を出すことが出来た。
先輩である不動プロは、ウエアなどもスポンサー契約しないとかCMにも
出演しないとか、純粋に獲得賞金だけで生活するが、金田プロはそのような路線
ではなく、ファッションも含めたビジュアル系の路線と言える。
有村プロなどもファッションにこだわりがあるようだが、実力が伴わなければ
少しゴルフの上手なただの派手好き女性と言われかねない。

先日、コメントをいただいたギャンブラーのノブキさんは
勝負は、実力と運の総数で決まるのだから
「実力が9であれば運は1でよいが、実力が1なら9の運に頼らないとならない」
との考え方を示された。
さすがに世界を回る勝負師の言葉には重みがあるなと思ったが、昨日の試合を観ても
それに近いものを感じた。

私は、日頃からこう考えている。
「人生は戦いとも言えるし暇つぶしだとも言える」

物事はある一面だけを捉えても決して正解は出ない。
いくら正義をかざしても人にはそれぞれの正義がある。
お金を儲けることに対してどんなに批判をしてもやっぱりお金は必要だ。

金田プロも一時期は戦いに疲れた時期があったのだろう。
ゴルフだけでなく俗世間との戦いもあったのだから。
しかし逃げてばかりでは何も生み出さない。
あらゆる事との葛藤の中から学ぶこともある。
彼女も様々な出来事を経験することを経て勇気と自信を持って前に進もうと決意したと思う。

彼女に生まれながらのゴルフの才能があったのは紛れもない事実。
では、才能とは何なのだろう?
私は、美形に生まれるのも才能、頭脳明晰に生まれるのも才能、お金持ちの家庭に生まれる
のも才能と考える。
どんな家庭に生まれるかが才能の差と言い切るには無理があるが、まず自分自身の置かれた
環境や状況を受け入れることからしか何も始まらない。
その中で、出来ること・出来ないことを分けて考え、どんな道へ進むべきかを考えるしかない。

才能が実力に変わって行くためには 『努力』 は欠かせない要素だ。
宮里藍プロも石川遼プロも 『才能』 に努力をプラスしてこその今の結果。
しかし努力と言っても口だけで100万回繰り返したところで何の進歩もない。
柔道の谷亮子さんだって腕立てや腹筋を毎日1000回単位でこなすと聞く。
別に回数をこなすから努力をしてというわけではなく、当たり前の努力を
当たり前に日々こなすことは結果を出すための最低限のマナーとも言える。
そう、努力はひとつのマナーである。
努力出来る者の先には本当の意味での実力で勝負する世界がぼんやり見えて来るのだが
そこから先の実力の世界は単に努力だけがその中身ではない。
それは何か?
それがわかれば私もとっくに成果を出せているはずだが、恐らく 『自信』 や 『勇気』
など多種多様の要素が含まれるはず。
無論 『経験』 を通じて得るものは数多くあるが 『直感』 などをどうして磨くのかは
それぞれが感じて行くしかない。

昨日の皐月賞は、オルフェーヴルが制したが、全兄のドリームジャーニーの東京コースの
適性の無さをイメージしていた者には手を出しづらかったはず。
オルフェーヴルの単勝馬券を手に握り締めていた者が持ち合わせていたものは

『才能』 なのか 『実力』 なのか 『運』 なのか 『勘』 なのか
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2011年04月24日

賭け続ける男(破)第33話

土曜日の予想が大外れだったためテツのテンションも一瞬だけ
下がったようだが、立ち直りの早さだけは人一倍のテツだけに
頭の中は早速皐月賞の方に向いているようだ。


テツ‥はこやんには悪いことしてしもたなぁ。
馬場が悪くなるとは思てたけど不良までになるとは…
汚名返上せなあかんのでひとりでじっくり考えよかな。

枠順を見たらサダムパテックとナカヤマナイトの一騎打ちで、
その2頭にベルシャザールがどう対抗するかが第一感で、
馬券で考えるんやったらならサダム・ナカヤマの2頭に
ベルシャ・ダノンミル・トーセンラーを絡める3連系かなぁと思てたけど…
過去の東京2000mのレースの傾向やら今の馬場やら考えたら
サダムとナカヤマ以外の馬でも内目の枠が有利に思えて来たわ。
調教も抜群の最内1番枠のステラロッサが気になり出したなぁ。
前走後にリスポリが距離が短かったと言うてたんで2000mは望むとこやろ。
日曜は馬場も回復するやろけど湿りは残るやろから重適性も考えた方がええな。
同じハーツクライ産駒のリフトザウイングスが重馬場をスムーズに走ったことが
あるから時計のかかる競馬には対応すると思うけどな。
フットワークもええし首も使って走れてるから東京芝2000mは向いてるやろ。
2009年の秋の天皇賞で2着に入ったスピードヒーローなんかは首の使い方が
上手かったもんなぁ。
血統に関してはノーザンダンサーのクロスが入ってたりトニービンの血が入ってたり
ミスプロなどレイズアネイティブの血が入ってたりすると今回の条件に合う気がするわ。
ステラロッサはノーザンダンサーの5×4が入ってハーツクライを通してトニービンの血も
入ってるからまず合格やな。
厩舎も世界の角居厩舎。騎手は最近ケチがつく川田やけど皐月賞との相性は悪くない。
当日は第9レースの芝1800mで奇しくも同じ1番枠・角居厩舎の馬に乗る。
馬場の感触を確認するには絶好のお膳立てやで。
トーセンラーの調教も抜群やけど枠が厳しいよな。それはオルフェーヴルにも言えるけど。
ダノンミルは騎手込みで期待出来るな。道中スムーズに上がれる脚も魅力やな。

はこやんに土曜日の分を倍にして返さなあかんけど馬券となると難しいなぁ。

サダムとナカヤマのワイド1点か、サダム−ステラ ナカヤマ−ステラと買うワイド2点か、
それともステラロッサの複勝一点か。
サダムとナカヤマ2頭軸で相手をステラ・ダノンミル・ベルシャ・トーセンラーの
4頭に流す3連複4点も考えられるしなぁ。

ぎりぎりまで考えるけどはこやんにはステラロッサの複勝を薦めとこかなぁ。


テツは考える時間を増やしても結果が伴わないことにストレスを感じているようだが、
そんな時間が決して無駄にはならないことにいつかは気がつくはず。その時には…









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2011年04月23日

賭け続ける男(破)第32話

東北・関東地方は依然として落ち着きを見せないが
そんな中、テツは日常をどう過ごしているのだろう。

はこやん‥テツ、元気にやってたか?
年末年始はオネェちゃんと楽しく過ごしてたらしいな。

テツ‥はこやん、久しぶり! 会うなりかましてくれるなぁ〜
そっちの方は心配せんでも財布の方が解決してくれたわ。
何とかの切れ目が何とかの…って言うやろ。

はこやん‥エーリヒ・フロムというドイツのおっさんが昔言うとったけど
未熟な愛は  「あなたが必要だからあなたを愛している」 で
成熟した愛は 「あなたを愛しているからあなたが必要だ」 になると…
お前も彼女が自分に注目してくれるのが嬉しくて追いかけてたんちゃうか?

テツ‥イタッ! はい、未熟でした。
必死に生きるという意味は、まず自分を信じて自分自身の夢や希望を叶えると
いうことやろからな。まだ俺は人を愛する以前の問題がありそうやな。

はこやん‥能書きはわかったから、連休中に一緒に飲みに行けるように
明日の競馬の予想を必死にせぇや!

テツ‥何故に上から目線??
まぁええわ。万が一俺が負けてもお前の払いで連れて行けよな!
最近は岩田が絶好調やな。けどさすがに明日の京都メインは厳しいと思うわ。
その明日の京都メインのオーストラリアTの去年の優勝馬はサンダルフォン。
ただ去年は55kで出走したけど今年は57k。掲示板はあるかもわからんけど
馬券圏内にくるかどうかは微妙やな。でも調教は悪ないな。
やっぱり開幕週やから、10番のエーシンダックマンが狙い目かな。
前回・前々回の休み明けも2着・1着と結果を出してるし渋る馬場も問題ない。
平坦1200m芝でサクラバクシンオー産駒で逃げ馬で開幕週なら狙うしかないわ。
あとは実績上位のアーバニティと1200m走るエーシンホワイティ。
ケイアイアストンも不気味やけど秋山に信頼性を持たれへんわ。
馬券を買うとしたらエーシンダックマンとアーバニティの単勝2点張りかワイド1点。
そうかエーシンダックマンかアーバニティの複勝かな。

はこやん‥おっ、少しは真面目に予想してるやんけ。そしたら俺はその両馬に乗ってた
四位が意地でも先着する気で乗るアーバニティからエーシンダックマンと
ケイアイアストンへのワイド2点で勝負してみるわ。
震災の被害に遭った人達は大変やけど、人間は明るく元気に前向きにくよくよせず
生きることが健康にいいらしいわ。俺達は俺達らしく元気にやろうぜ!

テツ‥わかった。俺らしく元気にやるわ。
お前も仕事に博打に酒に頑張ってくれや! 俺は天皇賞位からエンジンかけるわ。


恋愛均衡説というものがあり結局自分に見合った異性と縁が出来るということを
テツは知らないんだろう。ギャンブルも今のテツの実力に見合った結果が出るはず…



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2011年04月18日

自由と束縛。

昨日は間一髪助かった。
マイラーズCの馬券を買おうと思い最終チェックをしていると
狙い馬であるゴールスキーを管理する池江調教師のコメントに
「今回は急仕上げだ」 との内容のものが含まれていたことを知った。
情報は、多く入れすぎるとまとまりがなくなる場合があるため
関係者のコメントは鵜呑みにしないよう心掛けてはいるが
狙っていたはずのレース前のこのコメントは無視出来ず購入は断念。
結果はご存知の通り不可解な敗戦だった。
昨年から使い詰めできていたので目に見えない疲れがあったのだろうが
馬券に対する意識が高くなっている最近のファンの支持があったので
マイナス要素についての見方が甘かったようだ。
博打というものはこのように直前の閃き・予感なども重要な要素なので
今後も最後の最後まで集中して接して行きたい。

さて、今回のタイトルは 「自由と束縛」

オッサンが今更何をのたまってるんや!との突っ込みには既に慣れている。
変わらず我が道を歩きあーだこーだとのたまいたい⇒漢字少なすぎ(笑)

大学を卒業してせっかく就職したのに2〜3年で離職する者。
好きな人と結婚したのにパートナーに別れを告げる者。
例外もあるだろうが、それらの人達に共通するであろう一つの側面がある。
それは、物事をある一面からしか見ないことだ。
あらゆる事物・現象を球体と仮定するならば、どの側面から眺めるかで
見え方や印象が変わってくる。

離職する者や積極的に離婚を選択する者は 『自由』 と 『束縛』 を
全くの別物と考えているのだろうが、実はそうではない。
その両者は一体なものなのだ。
会社に勤めることや結婚することにより確かに束縛は生じる。
だが、同時に何らかの自由も生じるのだ。
理不尽な命令に従いながら日々仕事に従事するのはストレスの連続だ。
ただ、報酬を得ることにより生活上の自由を多く獲得することも出来る。
亭主の我侭に付き合い、毎日の献立を考えたり浮気の心配をするのは大変。
ただ、そんな束縛がある反面、経済的な安定や社会的・精神的安定も得る。

会社をやめたり家を飛び出したりした瞬間から束縛はなくなるかもしれないが
経済を基盤に成立していた自由もなくなってしまう。
それどころか国民年金や国民健康保険などの請求が始まり
公共機関 つまり別の社会からの違う意味の束縛が発生する。
誰も住まない離れ島で暮らせば自由と言えるかもしれないが
そんな自由を望みたいのだろうか?

『箱庭の(中の)自由』 との表現があるが、本当の自由なんて
ある程度の枠組みの中でしか得られないのかもしれない。

日本の歴史の中で、自由との表現が出てきたのはいつの頃からか知らないが
近代化する前は、勝手とか気ままとか思いのままとかの表現を使っていたように思う。
西洋が使用する場合の自由は、恐らく義務や責任を伴うとの意味合いがあるのでは?

共産主義でやっていけるほど人間は勤勉でなく
市場原理主義でやっていけるほど人間は有能でない。 と自虐的に語る有識者もいる。

勤勉で有能。勤勉で無能。怠慢だが有能。怠慢で無能。
勤勉で有能な者ばかりが存在するわけではない。
束縛から逃れようとする前に、少しだけ立ち止まり 「俺は(私は)勤勉?有能?」
と、しばし考えても手遅れではない。


人間が煩悩から逃れられないことは歴史が証明している。
煩悩とどう付き合って行くか? それを考え工夫することこそが 
『知恵・英知』 ではないのだろうか。


話は変わりますが、少し前にブログで書いた 『ヘヴンズ・ストーリー』 の再上映が
関西地区でも始まっています。 4月23日〜29日 は、大阪の十三のシアター7で
上映されます。 都合がつけば29日に行きたいと思います(もちろんひとり…泣)。
4時間を超える長編なので気合を入れて座ります。


4月19日追記
書き込み後に自由と束縛についてもう少し考えてみたところネット上に
なるほどという表現の論文があったので一行のみ引用をお許し願えれば幸いです。
     ↓
「自分を一番自由にしてくれる束縛、それを探して行けば良い」
posted by tetsukazu at 22:22| Comment(0) | TrackBack(0) | 私的本質論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年04月17日

わからないことだらけ。

復活前の記事を入れると600記事以上はアップしているはずだが
いくら書いても世の中のことについては、わからないことだらけで
何ひとつ確かな結論が出ているように思えない。
それなのに、わからないものの代表とも言えるギャンブルに
興味を持ったことは皮肉としか言いようがない。

低金利の時代が続くことと日本の支配層の実体との関係についても
少し考えてみたが、理解している人から見れば勝手に言っとけ程度のもの。
まぁそれでもいつものように語ってみる。

低金利が続くということは、単純に言うと国内でお金が余っているから。
普通に考えると、金利生活者のお金持ちが何らかの行動を起こしそうなものだが
どうもそうでもないようだ。
私が理解する限り、お金持ち連中は、そこそこの利回りの金融商品に
手を出しているようだ。
つまり低金利だから富裕層から市場にお金が流れるとのことにはならず
低金利の時代であれ、富裕層はそれなりに富で富を生み出すのだ。

富裕層って?
私が線引きするなら億単位の資産を持っている層となる。
現在の首相は菅直人氏。首相の年棒と言ってもたかがしれている。
仮に年収3000万としても、もっと稼ぎのある者は沢山いる。
そんな首相に過大な期待をかけ過大な責任感を求めるのが国民だが
もし報酬に応じた分だけ責任や義務が生じるならば、一億人以上の
国民の生命や財産を守る義務を首相が一身に背負うのには無理がある。
首相とて、本当の支配層から見れば操り人形かもしれないのだ。
ただ、鳩山前総理や麻生元総理などについては支配層=首相の可能性が
あるが、梯子の外され方を見ると、更に大きな巨悪が眠っていそうだ。

私は、金持ちほど実は質素ではないかと感じている。
外食などはほとんどせず、自宅で料理をして食事をしているのではないか。
それを考えると、一般人が恋をしたり趣味に勤しんだり飲む打つ買うに
かまけたりしている場合ではないと思うのだが…
そのあたりは、為政者や支配層がコントロールしていて
貧乏人の消費意欲を誘うような仕掛けをしてくる。
恋愛を扱う歌や映画やドラマがどれだけ多いか。
マスコミを利用し、旅行やグルメやショッピングに対する欲望を
どれだけ刺激していることか。
よく言われるように都会は 『欲望が開放された状態』 である。
その中で、自分自身の欲望をコントロール出来なければ、自滅するだけ。

男の人生には金がついて回るのはある意味仕方がないが、
女の人生もなかなかどうしてシビアである。
女の一生を球技に例える話としてよくネット等に出回る話が以下のもの。

18才の女はサッカーボール⇒22人の男が女を追いかける。

28才の女はホッケーのパック⇒12人の男が相手を押しのけて女を奪い合う。

38才の女はピンポンの球⇒2人の男が彼女を押し付け合う。

48才の女はゴルフボール⇒1人の男が彼女の後をトボトボとついて歩く。

58才の女はドッジボール⇒みんなが彼女を避けようとする。

90才、女はボーリングの球⇒みんなは静かにその姿を見送り、残した数字にのみ一喜一憂する。

女性にとっては噴飯ものだが、男など例えてももらえないのだから我慢して欲しい。
あえて表現すると、 『金のない男に用はない』 で済む。

甲斐性のない男と人間性に魅力がない女の関係を語るのは簡単。
男が、全体像としての女に絶望した場合、どうするかと言えば、
性欲を喚起するモノを対象にしたフェティシズムに移行するだけだ。

支配者層が、ミーイズムになればなるほど被支配者層も別の意味で逸走する。
あらゆることがバレバレになった今、少子化の流れは当分は止まらないだろう。
わからないことだらけの私でさえ、資本主義の国に階級が存在すること位は
気がついてしまうのだから賢明な若者ならだまされないだろう。
その証拠に、車は売れないし飲み歩くわけでもないしデート費用も使わない。
元々金持ちは無駄なことに金を使わないのだから一般人が質素になれば
経済が停滞するのは自明の理。

局面を打開するには、政治家を選ぶ時に、本当の意味での市民の代弁者を選ぶこと。
地元の有力者や名士の子孫ばかりが地盤を継ぐ限り改革は起こりようもない。
大阪の橋本知事は、公立高校から進学した叩き上げなので期待は持てるが
案の定、支配者層の一部からは疎んじられているし彼もまた
富裕者側に数えられても不思議でない。

結局、富裕者層は低金利の時代でさえ上手く資産運用しているのだから変化など
起こるはずもない。今のままで良いのだ。
では、年収700万〜1200万程度の所得者層はどうかと言うと
彼ら彼女らもまた変化は望んでいないように思える。
残念ながら低所得者層ほど連帯感がなく仲間割れするのが人類の歴史であり
その傾向は全く変わっていないのだ。

私のような立場の人間は、本来、恋愛などしてる場合ではなく、ひたすら蓄財に
励むのが正しい生き方だろう。
切ないがそれが現実。少しだけの贅沢が即、貯蓄を削り続ける。
人並みに趣味を持とうとした瞬間から人並みの蓄えがなくなる。
何かを得た分以上のものを失って行く。

私がもしギャンブルを続けるなら負けてる場合ではない。
一円の無駄遣いも許されないのだよ(ハァ〜)。


日付が変わり今日の競馬のメインは第42回マイラーズC。
『男には負けられない戦いがある』 ⇒ あれ、どっかで聞いたフレーズやな。

普通に考えたら、ゴールスキー・ダノンヨーヨー・スマイルジャックに対して
リーチザクラウンがどう対抗するかのレースだが
シルポートが作るペースによっては、ガルボやライブコンサートなどの前残りも
警戒する必要がある。
しかし、今回に関してはゴールスキー陣営に勝負気配を感じる。
ダノンヨーヨーとスマイルジャックは先を見据えた作りにも映るが
ゴールスキーに関しては賞金面からもこのレースにも力を入れてくるはず。
ヤラズの噂が絶えない福永騎手だがさすがにこの馬でこのレースに関しては
手抜きはないと見る。57kの斤量はダノンやスマイルに比べて有利とは言えないが
調整度の差で僅かながらリードしているとの印象。
マイルの持ちタイムが1分31秒8はやはり出色。

馬券については今の段階で明言出来ないが、複勝が150円つけば問題ない。
ワイドならダノンヨーヨーとの組み合わせ一点のみで良いが18頭立ての
差し差しだけに必勝を誓うならリスクが高い。


わからないことだらけなのは確かに問題ではあるが、わかり過ぎてしまったら
面白みのない人生になるかもしれない。
せめて、わかろうとする姿勢だけは持ちつつ前に進んで行きたいと思う。





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2011年04月14日

日本の進む道とは。

とうとう今回の原発事故の評価がレベル7となった(暫定値)。
青山繁晴氏によると、アメリカ合衆国(以下アメリカと表記)からの圧力に屈したとのことだが、
そんなことは今に始まったわけでない。
日本という国は地理上からどうしても視野が狭くなる傾向にあり、
国際的な視点から物事を考えることなどに難を抱えている。
過去と未来をしっかりと意識し想像力を働かせ、自制と勇気を持って前に進むべきなのだが…

今日、たまたま知り合いの経営者(地元ライオンズクラブの元会長)と話をしたが、
私が 「今を生きる大人は頭の中の90%はお金のことで占めますよね」 と問いかけると、
いやいや 「99%やで」 との反応が返ってきた。
さすがに一代で財を成した人の頭の中は私とは違う(私も完全に諦めたわけではない)。
以前にもブログで語ったことだが、人類の歴史は思想闘争であり経済闘争の歴史でもある。
20世紀初頭までは欧州中心に世界が回っていたが、第一次世界大戦に没頭してしまったため、
アメリカを中心とした地域に特需が生まれ、戦争後の覇権様相が変わってしまった。
その後も欧州は王政の名残が抜けきれなかったため、効率・生産性重視の産業政策と自由・公平な競争を前提にした能力主義を徹底し広範に移民を受け入れたアメリカの覇権が20世紀終盤まで続いた。
その力の源泉が、経済力であり軍事力であり人材力であったことは紛れもない事実。
トンデモ話と言われようが、アングロ・サクソン人の優秀さやユダヤ人(思想的な意味)の持つ経済観念の優位性を否定する立場にはなかなかなれない。
今後の覇権についてもアメリカ経済ブロックは確実に[中国または東南アジア及び東アジアを中心としたアジア・EU・インド及びその周辺・アフリカ及びイスラム系諸国]らの各経済ブロックと国益やブロック益を巡って熾烈な争いを繰り広げるだろう。

さて、そんな中で日本の進む道とは…

日本は歴史的にも、微調整に長けた者が組織の頂点に立つ傾向があり今回の原発問題のように決断力や実行力が求められる局面に相応しいリーダーが元々存在しない可能性もある。
「変わる時は常に外圧があった時だ」 などとレッテルを貼られるのも一国民としては悔しいが否定しきれない。
しかしよく考えてみれば、生身の人間が出す結論に100%の支持がある例などない。
あの橋本知事でさえ大阪市役所の役人からすると敵でしかない(全員がそう思っているわけではないと思うが)。

先の経営者の話に戻ると、彼が言う頭の中の99%が経済的なこととの考え方に日本の進むべき何らかのヒント(個人の進むべき道も)があるような気がする。

断っておくが、この99%との話は大人の男の頭の中であるとの前提の話なので普遍化した話と捉えるとピントがずれてしまう。
何も残りの1%で恋や友情や趣味を育めと言いたいわけではない。
人間の体は脳だけではなく首から下の上半身・下半身もある。脳内が99%金の計算で埋め尽くされたとしても腹も減るしきれいな女性も目移りする。
そんなことは当たり前のこととしての99%である。
何故私が語ると90%になり知り合いの経営者が語ると99%になるのか。
この9%の感覚の違いが、近代(現在の)資本主義社会では致命的な差であるかもしれない。

日本人がエコノミックアニマルと世界から揶揄されていた頃は日本にとっての高度成長期。
その言葉はある意味最大の褒め言葉でもあった気がする。
欧米諸国から働きすぎと指摘されて労働時間も減少の一方だがそれで国力が削がれてしまっては国益も損ねる。
やはりしたたかな外交戦略が必要なのは間違いない。
脳内の99%を使っても100%の結果を出せないのが人間の限界でもある。
それだからこそ為政者は国家を経営するとの感覚を持ちつつ能力をフルに活用し国益重視で政策を推し進めて欲しい。
人間の本能を揺さぶるのは生産的なことに関わっているとの実感を持てた時だろう。
リーダーが国家ビジョンを持ち国民が支持し理想を持って社会を作りあげて行くことが望むべき姿だろう。
自由を確保しつつ公平で公正な競争のある活力ある世の中を築けないものか。
一度に全部の懸案事項を解決するのは国家であれ組織であれ個人であれ難しい。ひとつひとつ確実に着実に実績を積み上げるしかない。

そのために必要なこととは?

頭を使うこと。体を使うこと。稼ぐこと。守れるルールを作ること。約束を守ること。正しい指摘には従うこと。成長すること。気がつくこと。気がついたことは実行すること。誰かのことを大事にすること。今を認めること。


国家や個人にとっての歴史がオセロゲームであるならば、良い意味でも悪い意味でも一手によって形勢が逆転することもあるだろう。
しかし盤上に(石?駒?)置けるスペースが残り僅かになればなるほど形勢の逆転は難しい。
まずゲームに参加しているという自覚を持ち、その目的をはっきりさせ、己の実力と相手の実力を量りながら一手一手を真剣に戦うべきだし良い意味で勝ち負けにこだわることが重要だ。
同時に先を見据えた戦略性も持ち合わせることが大切なのは言うまでもない。

カイジでも出てきたが、イチローだって活躍していなければただの変わり者と言われたかもしれないし羽生名人だってただの将棋オタクと言われていたかもしれない。
日本に生まれ日本で育った人間は、少なくともその運命を受け入れて戦う覚悟で、幻想に終わろうが富と栄誉を掴む気概を持ちたいものだ。
人材力こそが日本の強みであり個人個人にその能力が備わっているはずだと信じたい。





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2011年04月10日

賭け続ける男(破)第31話

いつものことだがテツがちょっとした落ち込みモードに入ったよう。


テツ…ハァ〜〜
しかしここまで予想を大外ししたんも久々やなぁ。
3レースが3レース共に見せ場なしか。
ホントに俺は時間かけて予想した時程こんな結果になるな。
それやから時間かけることに意義を感じなくなって投げやりになる。
その悪循環の繰り返し。
俺の関わる勝負は一発勝負ではなくペナントレースみたいなもんで長期戦ということがまだ理解出来てないんやろな。

俺の中にある遺伝子からの命令についても改めて考えてみたけど、福岡伸一氏によれば、遺伝子というのは自己を複製せよとの命令以外に、自由であれとのメッセージを送っているらしい。
その点では遺伝子から満点の採点をもらっても良いはずやけど、自由に生きるためにやるべきことややるべきでないことがあるのも事実。
必要なものを体内に取り入れることが生命として必要なことであるなら、ギャンブルが必要なものなことかどうかは、精神的な自由の獲得のためのものであるかどうかと関わるのだろう。
個々の事物・事象・対象物についてそれぞれにどれだけのエネルギーを注ぎ込む価値があるかどうかは意識的であれ無意識的であれ常に頭と体にしみ込ませておくべきなんやろう。
生命として素直に生きてたなら食欲より博打欲が上回るなんてことは間違ってもないはずよな。

ま、一晩寝たんで桜花賞の予想でもするか。

昨日のレースを観ても思ったけど、外目の枠からのレースは難しいなぁ。
かと言って逃げ馬でないならあまりに内過ぎてもレースがし難い。
枠順からは、8番枠のマルセリーナと4番枠のダンスファンタジアが有利に思えるなぁ。
調子から言えばマルセリーナに分があるが、出遅れが心配やなぁ。

どちらの馬も騎手の腕は確かやから馬券は両馬のワイド1点かな。
ディープインパクト産駒の底力にも疑問があるので、複勝で行くなら横山典騎乗でフィリーズSで2着のスピードリッパーに対して右回りの中山フェアリーSで楽勝した横山典騎乗のファルブラウ産駒のダンスファンタジア。


テツのことだから日が経てばけろっとするとは思うが、自分にとっても自分に指令を出す遺伝子にとっても一番大事なものがギャンブルでないことだけは気付いているのだろう…


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2011年04月09日

賭け続ける男(破)第30話

4月に入り競馬以外の公営競技も再開しテツもそろそろ忙しくなりそうだ。


テツ…しかし色んな意味で日本が揺れてるなぁ。
不確実なベストより確かなベターとの観点から見ると、今回の原発の事態はベターな対応でさえ不確実な予見を伴ってるよな。
細胞から構成される生命の目的ははっきりしていて、人間も例外やない。
自分の複製・増殖を目的とした、情報を持つDNAがあり、細胞膜で内側の自分の世界と外側の環境の世界を区切り電位差を作り出してる。
そしてその目的を達成するために、電位差を利用した肉体が生む動力で環境側のイオンや物質や水などの必要なものを選択的に内側に取り込み、不必要な物質を外側に排泄する。
人間の男の場合は、女とは異なる排泄物があり、それは男が出す排泄物としては唯一と言ってよい生産的な役割を果たす。

つまり人間は、目的を持った仕事をする存在と言えるので基本的には全てにおいて目的があるかないかで結果は変わってくるんや。
原発行政は一体何を目的にして来たんやろ…


まぁ俺がギャンブルに関わる目的やけど、第一にはお金を増やすことが目的なのは間違いない。
その他色々あるけどそれはおまけみたいなもん。
やっぱり俺のスタンスの的中率100%が目標は当面変わらんな。


で、今日の競馬やけど阪神の10・11・12レースにそれぞれ気になる馬がいるわ。

まず第10レースのジャミール。
戦って来た相手を考えると57kでも3着までにはほぼ確実に来るやろ。
ただ、後方からの馬だけに取りこぼしもある。

第11レースのサワヤカラスカルも気になる。
前走はGV阪急杯で6着。今回の相手関係を考えると好走必至。
2走前から体重が増加している分がそのまま成長になってる印象。
牝馬の場合、古馬になってからの成長は望みにくいけれどこの馬に関しては下級条件でじっくりと成長を待っていた感じなので
6歳でも夏を越えるまでは十分重賞でも戦えると見る。
牝馬の場合は上り調子の馬を狙うのがセオリーなので調教も良いこの馬を狙うには絶好のタイミング。
問題は15番枠になるが、1400m戦のスタート位置からある程度長い直線を利用して序々に内に進路を確保すればロスは少なくて済むやろ。
何といっても馬群を割る根性がある馬なので4角からは内外に関わらず抜け出せるはず。

第12Rはダノンシャークが気になる存在。
とにかく調教がピカ一。2000mを経験したことでの折れ合い面の成長があったと仮定するなら、中団につけて直線は鋭い末脚で勝ち負けを争うだろう。

馬券はこの3つのレースからの選択になりそうだが、ぎりぎりまで検討したい。
語った量ならサワヤカラスカルなので、同馬の複勝もしくは、同馬からカレンチャン・スプリングサンダー・アンシェルブルー・サングレアズール・
トゥニーポートへの馬券が考えられるなぁ。


さて、テツの目的が本当にはっきりしているかどうかは今日の午後5時頃に判明しそうだ。
posted by tetsukazu at 12:19| Comment(0) | TrackBack(1) | 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年04月04日

これだけは言いたいぞ(2)

昨年7月のエントリーで、これだけは言いたいぞ(1)との記事を書いたが、そのわりに自身の成長の歩みが遅いので更に自身へ叱咤したいと思う。

人類は目覚しい進歩を遂げて来たが、今回の原発問題を見ても果たして真の意味での進歩と呼べるのだろうか。
それは個人が真の意味で成長する存在で在りえるのかとの問いにもつながる。

人間は動物実験等を通じて科学を発展させて来たが、人道上の問題から人体実験はタブーとされて来た。
我々が何かを知る時、それは自分自身が他の事物を観察する中でのものだ。
しかし人間の本質を知るために人間そのものがいくら研究を重ねてもおのずと限界があるはず。
人間の研究は 『宇宙人』 にでも任せておいた方が良いかもしれない。

さて、これだけは言いたいぞ!の中身になるが、
突然に近い形で自身が寂しがりのオッサンになったことへの総括。

結婚生活を送っていた頃は、パートナーがそばに居ることが当たり前だったので今の状況など想像もしなかった。
こうなる事が、あと15年早かったなら新しいパートナー探しでもしたかもしれないが全くそんな心境にはなれない。
となると、何とも言えないこの謎の寂しさとこれからも付き合うしかない。

恐らくこんな心境になる大きな要素は、すぐそばに気心が知れて会話が成立する人がいないことだろう。
しかし私の内面の真相は、自身の満足感や納得感を満たしてくれる存在を求めているからであり、相手の満足感や納得感を満たしたり、相手をかけがえのない存在として認めることが主ではない気がする。
そのような自己本位の考え方が、パートナーに去られた要因のひとつなのはほぼ間違いがない。

一年以上かかっていまだに自身の心の空白を埋めてもらうために他者を求めてしまっていることに失望してしまうが、まぁそのことに気付きかけているだけましとするか。

やはり自身の寂しさを埋めることにエネルギーを使うのではなく、他者の寂しさを埋めるためにエネルギーを使えるようになることが個人としての進歩であり成長であるのだろう。
そしてやがては、互いが影響し合い寂しさを埋め合い成長し合えることが理想だ。

プロスポーツの試合だって観客が多い方が選手も頑張れるし頑張る選手を見て観客も喜べる。

うつになる人の中には、寂しくて寂しくて耐え切れないような人もいるだろう。
でも、自分自身の寂しさに目を向ける前に少しだけ他者の寂しさに目を向けてはどうだろう。
そうすることで支えあい励まし合うような他者との相互関係になる場合もあるし、一方的な関係になることもあるはず。
だが例え一方的な関係になっても他者に対してそのように思えたことが財産になるし、やがて違う人との相互関係につながる場合もあると思う。

やさしい言葉を待つのではなく、やさしい言葉をかけることで何かが変わるのではないだろうか。
世界レベルのテニスやプロ将棋の世界では、ランク1位とランク100位の者との差が極僅かでしかない。
比較するのもおかしいが、思考においても気の持ち方次第で世界の見え方が違ってくるはず。
何かが変わる時、それはほんの小さなきっかけかもしれない。

人類は進歩し成長する存在と言えるだろうか?
個人も進歩し成長する存在に成り得るだろうか?

答えを出すのは人類であり自分自身だ。
紙一重の世界を生きて行くために僅かな違いを敏感に感じて前に進みたい。

明日、どうしても寂しくなったら誰かの寂しさに思いを馳せたい。




posted by tetsukazu at 23:19| Comment(2) | TrackBack(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年04月03日

個人の価値について。

大概の人間は 「自分に価値はあるのだろうか?」 と考えたことが一度はあるだろう。

前回の記事で日常・非日常について語ったが、仕事時間についての捉え方についても考えを保留していた。
その後、そのことについて少し考えてみたが、食べることを忘れる人間はいないわけだし、食べることと仕事が直結している以上、日常と考える方が自然なのだろう。
ただし単純に日常と呼ぶのではなく、強制された習慣になっているのが仕事であり、強制され習慣化された日常と位置付けるのが妥当だと考える。

さて、本題である 『個人の価値』 だが、個人に社会的意味が生じるのは、ひとつには 「自分が生産または所有するものに値が付き売れること」 といった社会的観点からの経済的価値があるかどうかだと言える。

多くの人間は工作機械などといった利潤を産み出す資本を個人で持ち合わせないのだから、やはり労働力を売るしかない。
労働力を売る際は、買い手にとって魅力があるかないかが重要な要素なため、技術・学歴・容姿・年齢など様々なものを武器にして社会の評価を仰ぐこととなる。

弁証法的に語ると、人間が生きていること自体が矛盾を抱えていることであるので、いくら階級や階層に疑問を持ち社会の矛盾を追及し改善したとしてもまた別の矛盾が表出するだけだ。
国民全員が尊い存在なのだから国民の全てが等しく豊かであるべきだとの理想論をある程度満たしているのは、恐らく産油国であるアラブ諸国の一部の国だろう。
それらの国では、末端の労働者は他国の出稼ぎ者が多いのが特徴であり結局のところ、自国のみの幸福の実現にしか視点はない。
これはアメリカ合衆国などにも言える傾向だ。

つまり、経済的価値を中心に人間の価値を評価した場合、どんな国に住み、どんな家庭に生まれ、どのような容姿に生まれ、どんな学歴を身に付け、どんな技術を習得したかなどにより一人一人の価値に違いが出てしまうのがまぎれもない現実となる。

では、経済的側面以外の個人の価値などあるのだろうか?

器の大きな人間は、人を見下したり分け隔てはしないはず。
中途半端な金持ちなどが、階級・階層を必要以上に意識してかえって自分の価値を下げてしまっているような印象。

もし、 『人間の器』 との概念が、経済的豊かさとは別の人間的価値とするならば僅かながら 『経済以外の個人の価値』 の存在に希望が持てる。

欧米社会では、精神的成熟度が大人に問われる傾向にあるが、日本社会はどちらかというと同調性などが求められる要素に感じられるし、手先が器用な人間も重宝される傾向にある。


少し結論らしきものを発信しないと自分自身に向けての記事の体も成さないので、極力核心に迫りたい。

まず、経済的価値については異論もないだろうし、現時点で職業を持っている者は、社会から意味ある存在として認識されているのであり少なくとも 「俺なんて、私なんて…」 などと悲観して精神的に落ち込む必要はない。

しかし、経済的な結び付きだけが社会や他者との接点になってしまうと、人と人との関係がものとものとの関係になったり金と金の関係になってしまう危惧がある。

その点を克服し他の側面に価値を見出すためには、自分自身について自分自身が他者的視点を持ち客観視する必要がある。
つまり、何かの行動を起こす場合に、自分が他者の行動を見て問題を感じるなと思うようなことは極力しないことが重要。
殺人犯をテレビで観て、自分もああなりたいとは思わないはず。

経済的側面以外に私が考えるところの個人の価値とは、相反する価値を常に相対化しその後に統合し再度また相対化しそしてまた統合する。
その繰り返しにより高いレベルでのバランスがとれしなやかで強靭な精神性を獲得出来るように思える。

説明がややこしいので、もう少しわかり易く表現すると、

人生は長いようで短い。短いようで長い。
学業や仕事も大事だが遊びも大事。
知識や想いの蓄積は大事だがどこかの時点で行動に移すのも大事。
貯蓄も大事だがたまの散財も悪くはない。
人間は弱い。だからこそ強くあるべき。
性悪説が正しいかもしれないが性善説への希望は捨てない。
人工の構造物も強いが、柳のしなやかさが弱いわけでない。
どんなに寂しく、どんなに絶望しても明日になれば希望は生まれる。
愛情とは自分を愛することでもあり他者を愛することでもある。
心の中が自己満足で満たされる必要はない。心に空き地があれば人は訪れる。
ゴールを設定すれば目標となるが、設定しないと実現可能性が無限大とも言える。

ちょっとPHPのような話の展開になって来たが、他者を鏡とし常に自己反省・自己成長を繰り返し高いレベルの精神性を獲得することが、個人にとっての素晴らしい価値につながるように思える。


余談ですが、事前に予想をアップするのも惜しんで締め切り一分前まで試行錯誤した結論が下の写真の馬券です。
私的には、たかがギャンブルされどギャンブルです。

複勝15番→190円



2011 大阪杯
posted by tetsukazu at 23:33| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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